芸術文化協会topへ


兵庫県文化賞受賞 −畑 儀文 さん (声楽家)−




平成19年度 兵庫県文化賞受賞者


  畑 儀文 さん (声楽家)

音楽が取り持つ縁で広がる心の交流




1955年兵庫県篠山市生まれ。
1973年篠山鳳鳴高校を卒業後、大阪音楽大学声楽科入学。
1979年同大大学院修了。
同年「ドイツ歌曲」の初リサイタルを開催。
1985年「日本テレマン協会東ドイツ演奏旅行」にソリストとして参加。
現地で絶賛されました。
その後関西を中心に宗教音楽、バロック音楽の分野で活躍し海外でもその名を知られています。
生まれ故郷の丹波の人々と協力して、丹波の魅力作りを目指し開催している「丹波の森国際音楽祭シューベルティアーデたんば」の総合プロデューサーとしても大活躍。
同祭は平成19年で13回目を迎えています。
現在日本テレマン協会のソリスト、武庫川女子大学音楽学部教授。
52歳。
西宮市在住


 テノール歌手として世界を舞台に活躍する畑儀文さんの舞台デビューはちょっと意外なものです。
「小学校6年のとき、大村崑さんが司会なさっていた『ちびっこのど自慢』に出たのが人前で歌った最初です。
 確か『新聞少年』で有名な山田太郎のレコードのB面の曲『明日を信じよう』を歌いました」
 儀文少年は、歌うことだけでなく、楽器を演奏することがとにかく大好きで、縦笛やハーモニカがずば抜けて上手な少年だったそうです。
「そりゃ、音楽が好きで好きで、他の子の何倍も没頭して練習するんですもん。上手になりますわ」

 中学入学後はブラスバンド部に所属し、クラリネットと出合った畑さんは、早くもこの楽器で音楽大学に進学しようと決心しました。
「高校でも、もちろんブラスバンドでクラリネットを吹きました。このときオーケストラ用の譜面をブラスバンド用に各楽器ごとに自分で編曲しましたが、これで音楽の基礎が身についたというか、とても勉強になり、今でも役に立っていますよ」

 クラリネットからテノール歌手への方向転換は、畑さんの歌声に注目していた高校時代の音楽の先生の「声楽やってみたらどう?先生を紹介するから…」の一言で決まりました。
「このことが縁で、僕は田原祥一郎先生に教えを請うことになりました。実は先生とお会いする前に、テレビで田原先生の帰国リサイタルを放映していたのを見て、こんな先生に教えてもらえたらええなあと憧れていたんです。その夢が現実になったんですよ」

 大阪音楽大学の2年生になったとき、畑さんはドイツ系のバロック音楽に強く惹かれるようになりました。
「それまで歌は明るく楽しいものと思っていましたが、シューベルトの『冬の旅』を聞いて、こんな世界があるのかとびっくりしました。
ここまで暗い歌があるとは、なんちゅう世界やぁと。
もう深くて深くてさっぱりわからんと思いました」
 人間にとっての音楽とは何なのかと、音楽を学問的にも探ってみたいと思っていた畑さんにとって、シューベルトは一つのテーマとなりました。

「1993年にシューベルトの全600曲を作曲した順にコンサートで歌おうと決めました。
14歳の多感な時代から31歳で亡くなるまでのシューベルト音楽の変化を探ってみたかったのです。
1999年まで足掛け7年で成し遂げました。
しかし、また去年から始めているんですよ。今度はシューベルトの時代のピアノ『フォルテピアノ』を伴奏に使っています。
このピアノで歌うと、やはり表現が違ってきます。歌う心が優しくなりますね」


 畑さんと言えば、丹波で毎年開催される、丹波の森国際音楽祭「シューベルティアーデたんば」に触れないわけにはいきません。
「ヨーロッパではシューベルティアーデという音楽祭があります。
丹波は僕の生まれ故郷ですが、僕はウイーンの森に似た丹波の地でシューベルティアーデを実現させたかったんです。
しかも、日ごろ音楽に縁のないお年寄りや子供たちを巻き込む音楽祭にしたいと考え、篠山鳳鳴高校の同窓生や地元の音楽愛好家の方々、県の職員の方々の協力をいただいて、1995年に丹波の森公苑開館プレイベントとして第1回、翌年が同公苑オープン記念として第2回、
1997年にシューベルト生誕200年記念を開催して、今年で13年目を迎えます。
シューベルティアーデでおなじみの『街角コンサート』は日常の音楽活動として地元に根付いて、今では、たびたび開かれているのを耳にすると、とても嬉しいですね」


 現在、武庫川女子大学教授として教鞭をとる畑さんは、武庫川から発信する音楽活動にも力を注いでいます。
「音楽が取り持つ縁といいましょうかねぇ。
音楽を通して子供たちや外国の人たちと心を開きあい、つながりを持っていきたいと思って、いろいろなコンサートを企画しています。
平成19年10月には『武庫川めぐり水コンサート』と名付け、小学生も参加するコンサートを開きました。
そのときには武庫川の歴史や自然も一緒に勉強したんですよ。

また、『アジア思国歌コンサート』ではインドネシア、タイ、ミャンマーの魅力を知ってもらおうとそれぞれ国の愛唱歌を留学生の人たちと一緒に歌いました。
大きな声で歌えば、互いに深く響きあって、あたたかい風が流れ込んでくるんです」

 音楽を軸にして、地元で世界で行動するテノール歌手・畑儀文さんの毎日は、これからも忙しくなりそうです。





up date 2007/11/29

■ 兵庫県芸術文化協会 ■
|HOME| |兵庫県民会館| |ピッコロシアター| |原田の森ギャラリー| |芸術文化センター| |リンク| |メール|