| ふるさと文化賞 −あめ細工職人 川西 俊一さん− |
第28回ふるさと文化賞受賞者
あめ細工職人 川西 俊一さん
(かわにし・しゅんいち)

子らの喜び励みに行商
洲本市の日進尋常小学校(洲本第二小学校)卒。
20歳代後半から、自転車の屋台に道具を乗せて、あめ細工などの行商を始めた。
以後、地元洲本市内の町中や学校付近を回るほか、同市内の弁天祭り、洲本八幡神社春祭り、大野新村春祭り、洲本市立第三小学校運動会、上加茂子ども会イベントなどの催しに出かけ、あめ細工の商いを続けている。
また、ボランティア活動にも大変積極的で、依頼があれば特別支援学校や保育所など、どこへでも出向き、あめ細工を見てもらい、細工物をプレゼントしてきた。
洲本市桑間在住。
89歳。
米寿を過ぎた今もなお、屋台付自転車で行商を続ける現役の「あめ細工おじさん」。
「おじさん」といっても、おん年89歳。
でも、行商で鍛えた丈夫な足腰、ピーンと伸びた背筋、血色も良く健康そのもの。
記憶も鮮明で、しっかりとした受け答えに驚かされました。
「全国探しても、あめ細工を200円で売り歩く人は、私以外にはいないと思うよ」
冬場は寒風であめが固まるので、あめ細工作りや行商はしません。
しかし、取材で訪れた2月初め、お願いして細工を見せてもらいました。
まず、まめ炭で熱した白色のあめを取り出し、こねてつや出しし、丸めたあとヨシで作った吹き棒の上部にからませます。
さらに、あめをつまむなどして形を作るとともに、右手に持った握りバサミで、あめのあちこちを次々と切り込み、耳、鼻、尾などを作って仕上げます。
その間、1分かかるか、かからないか。
鮮やかな指とハサミ使いに見入ってしまいました。
県民会館で2月9日にあった贈呈式には35歳年下の妻、惠さんとともに出席。
「子どもさんに高いものはよう売らん。おもしろいことを一つでも言うて、楽しんでもらおうと続けてきました。こんな賞を頂けるとは光栄です。ありがたいことやと思っています」
波乱万丈の人生。
生まれは洲本の海のそば。
小柄ですが足は速く中学の時、100b12秒8で、淡路一でした。
1940年に徴兵検査で、教育招集に行っている間に第二次世界大戦がぼっ発。
身長不足などで帰されたのですが、まもなく徴用令で旧満州の陸軍軍需工場に。
幸い戦争には加わらず、終戦1年後に引き揚げてきたのですが、定職はありません。
「淡路のかまぼこを神戸に持ち込み行商、漁師、元女房の父親から引き継いだ、わらびもちの行商、冬場は東北地方に出稼ぎ…。懸命に働きました。あめ細工は、東京から洲本の神社の祭りにきていた行商人を20日間、うちに泊めてあげて話を聞くうち
『子ども向きやし、ええ仕事や』。
手先が器用だし、何にでも挑戦したいという気持ちを持っていたため、見よう見まねで覚えたのです」
今、あめ細工で作るのは、ウマ、ウサギ、ペンギン、ブタ、恐竜など10種類。
男子は恐竜、女子にはウサギが人気とか。
1本200円。
あめは手作り。
水あめに白砂糖と少量のバターを混ぜて炊きます。
吹き棒に息を吹き込みながらあめをふくらませる風船あめ(1本100円)、わらびもち(1舟200円)も好評です。
「チリン、チリン」。
川西さんは売り声の代わりに、自転車のハンドルに取り付けた鐘を振って澄んだ音色を町中に響かせ、商いを知らせます。
屋台付自転車は15年前に約20万円で大阪の業者に特別注文しました。
屋台、自転車とも明るい水色。
屋台の上には暑さよけのテント、「あめざいく」と大書したのれん、恐竜など細工物を描いた看板を設けるなど工夫をしています。
行商するのはあめ細工が3月から4月と9月から寒くなるまで、わらびもちは4月から9月です。
「昼前後に自宅を出発、弁天宮〜洲本第三小学校〜海岸通りなどを日暮れごろまで回ります。昔は1日に1万円以上も売り上げた事もありましたが、いまは良くて7千円ほど。年寄りの小遣い銭にしかなりません。
子どもが少なくなったうえ、塾通いなどで出会う機会も限られてきているのでしょうね」励みになるのは応援してくださる人たちの声。
「おっちゃん、探しとったのよ。ここで会えて良かった。また、母親が子どもに言いました。『母さんがこまい(小さい)時に、おっちゃんのあめを買いよったんよ。一緒に食べよか』。何ものにも代えられん喜び。うれしいことです」
若い頃から踊りや芸事が大好き。
満州時代、演芸大会のたびに進んで出演し、
「たたき売り」の口上などを即興で披露し喝さいを浴びたことも。
30年前からカラオケを始めました。
「戦争がなかったら、漫才師になっていたでしょう。歌が好きでなんでも歌います」
家事などいっさいを切り回す惠さんについては「彼女が惚れてきたのですよ。私は行商とワンちゃんの世話しかしません。でも彼女はよう働くし、尽くしてくれますよ」
後継者はいませんが、
「行商では生活できないので、子がいても勧められません。私限りでもやむをえませんが、私は健康な限りがんばり続けます」
up date 2010/2/25
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